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『エントランス』

今日、学校帰りのマンションのエントランスに遙さんがいた。
「ちわ。お帰り。」
だって。ものすごく燦々の笑顔で言うんだもん。
いいの?私なんかにそんな惜しみない笑顔くれたりして。
「こんにちわ。どうしたんですか?」
手にしているのは掃除道具。側にはちりとり。
掃除って言ったってこのマンションの掃除は
そうゆう業者がいつも来てるし管理人の役割じゃないはず。
「ああ。さっきここでちょっと体調崩した人がいてね。
 その跡拭いてんだ。」
跡?
遙さんは鼻を指差して笑った。ああ、鼻血。
「その人は?」
「うちで休んでる。」
うち?遙さんの家?知り合いだったの?
「もしかしてはく・・・」
「あー違う違う。あいつは完全なる健康体なんだよ。
 俺よりあいつのが丈夫なんだぜ。」
あのひょろっとしたいつも本ばかり読んでる黒髪のはくーが
こんなに大人の身体で背も高くて太陽みたいな遙さんより丈夫?
「よし。こんなとこかな。キレイキレイ。」
掃除道具を抱えた遙さんは管理人室に仕舞いに行った。
硝子越しにその広い背が見える。
笑顔も。広い背中も。大人な言動も。憧れる。
学校に行ってもこんな人はいない。
生徒も先生も籠の鳥の様に滑稽に見える。私自身もだけれど。
この人から見たら中学生の私なんか取るに足らない子供なんだろう。
「遙さん。」
「何?」
「遙さんは普段何してる人?」
「土日しか管理できない管理人だよ。
 普段は大学生。」
「大学生。」
納得、した。高校の世界もまだ知らない私は
大学のことなんか解らないけど時間が自由、制服もない、そんな学生が大学生。
なんとなくそんなイメージだけがある。
「ひなさんは高校生?」
「いえ。中学・・・3年生。」
「へぇ。はくと一緒だ。」
「はく・・・。」
同級生だったんだ・・・と改めて納得した。
年下には見えなかったけど見覚えのある中学の制服着てたし。
でも、なんか、うちの学校にいる男子と違う雰囲気を持ってたから
同級生って言われてもうちのクラスにいたりするイメージが湧かない。
うちのクラスにいたらどうだったろう。
どう話し掛けてどう話しだだろう。
例えば授業中、どんな声で答えるんだろう。
例えばクラスマッチ、どんな競技に参加するんだろう。
イメージが浮かばない。教室でもああして穏やかに本、読んでるのかな。
「お、はく丁度いいとこに来たな。」
「明良、だいぶよくなったみたいだから呼びに来た。
 送るんなら管理人代わる。」
「お、頼むな。」
「あの、管理人っ・・・今日は平日じゃ・・」
「今日はたまたま休講だらけだったし、
 平日の管理人さん急用があって変わったんだ。」
遙さんが簡潔に答えてくれる側で、
白雨は今、私に気付いたみたいに私を見た。
漆黒で濡れたような瞳。心が見透かされてるような気がした。
遙さんに憧れて、白雨に興味半分の私の観照。私は目を逸らした。
「じゃ私もこれで。」
「んじゃ一緒にエレベーター乗るか?」
「はい。」
白雨はもう私になんか興味がなさそうに管理人室へ向かった。
気まずいながらどうしても振り向かずにいられなくて白雨を見たら
白雨と目が合った。え?笑った?
なんかすごく人懐こい顔で笑った。泣きそうに嬉しかったのはなぜ?
家に着いて自分の部屋でベットに伏せた。
顔が熱い。熱でも出てるみたい。白雨の笑顔がフラッシュバックした。
遙さんには温かい幸せな気持ちになるのに
白雨には緊張してどきどきしてしまう。
白雨さえいなきゃ私らしく振舞えるのに。
白雨さえいなきゃ私らしい私だったのに。
あんまりに顔が熱いからベランダに出た。
寄り添う人影が目下に見える。
見覚えのある背の高い人。
遙さん。
その腕につかまって寄り添う、女の人。
彼女?
彼女いるの?
いないと思うほうが変なのかもしれないけど
ちょっと衝撃だった。失恋に近い衝撃。
つじつまが合う。
エントランスで気分を崩した恋人を部屋に寝かせて
その跡を掃除してから家まで送る遙さん。
名前が明良って言ってた。
男の人だと思ったから気が付かなかった。
白雨に、も、恋人いるのかな。でもまだ中学生。
いない子よりいる子の方がうちの学校じゃ少ないんだけど。
私は遙さんと白雨の空間に入りたいって思ってたと同時に
遙さんと白雨の空間に他人が入るのは嫌だなって思ってた。
だからなんかショックだった。
ただの通りがかりの体調の悪い女の人に優しくしただけだと思いたかった。
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