夏だし日差しもキツイんだけど
風が吹けば涼しいし木陰に入れば肌寒い
湿度があるかないかでこんなにも違うのかよ
と体感しつつ綺麗なグリーンの芝の上をひたすらランニング中
『イノセントサマー』
Bとは打ち解けた気がする。
奴が日本語OKなのがでかい。
Bはすごい。
でかいから当たりは強いし
でかいのに駆け出しも速い
そんでロングフィードが上手い
で、でかいからポストプレイもできる
確かに体格に恵まれてるんだろう。
けどな、飯食ってるときになんか変だった。
「B右利きなん?」
「もともとは左。
手の話?」
「うん
じゃなんで右で食べてんの?」
「変か?」
「変ってほどじゃないけど…
なんか食いにくそう
つーかおまえ外人なのにご飯なんだ?」
「外人だって米くらい食うぞ
バイキングにちらし寿司あんのに
食わない方が損した気分になるくらい
俺は和食でも寿司系が好きなんだよ」
「良い外人だな」
「なんだその言い方
つーかミズって日本人っぽくねーよな
奥ゆかしさがないというかズカズカもの言うし」
「悪かったな」
「別に俺はそっちの方がいいよ
慣れるまで遠巻きで見てるような日本人面倒くさいし」
「そんなんじゃ何のために海外まで練習に来たか
解んねーよ」
「そのとおり
…俺ねー」
「なんだ?」
「ピアニストになりたかったんだよ
俺がなりたかったのか
俺がなることで喜ぶ親の顔が見たかったのか
今じゃどっちでもいいんだけどなりたかったのな」
「今は違うのか?」
「中学の時に事故にあって利き手の神経ヤっちゃったんだ
その頃はリサイタルとかもちょくちょくやり始めてたのによ」
「神経?ピアノは弾けないのか?」
「遊び程度なら動くし箸も持てるけど
プロ並の演奏は無理だな
これでもリハビリしてかなり回復したんだぜ」
「そうか…怪我はつらいよな」
「ああ辛い。死にたくなるほど辛い
何が辛いって身体だけのことじゃなくて
精神的にズタズタに打ちのめされたからな
今までそれだけを必死にやってきた夢奪われるんだぜ」
それだけを必死にやってきた夢を奪われる。
俺からサッカーを取ったらきっと何も残らない。
Bの絶望を想像するとあまりにリアルでゾッとした。
「俺は今、サッカーを失ったらどうしていいか解らない
どうやって立ち直ったんだ?」
「俺に夢を託してた母親が泣くから
専門の教員がたくさんいる全寮制のサマースクールに逃げ込んだ
リハビリも専門の指導者もいたしやりがいのあるレベルの高い学校で
だからこそ早く治して早く次の生きがいを見つけなきゃって思えたんだけど」
「強いな
半分くらい言ってる意味が解らないと言うか
別世界過ぎてついていけない感じだけど凄い」
「強くも凄くもないよ
そうしないと立ち上がれなかったから
誰も甘やかしてくれない環境だったから
うん、でも、そうじゃなかったら時間かかったかもな」
「次に見つけた目標はやっぱサッカー?」
「サッカーだ
進めてくれたコーチの読みどおり
サッカーは楽しかったし上達も早かった
ホント言うと俺の手のこと知らなかったらゴールキーパーにしたかったんだってさ」
「ああ、なるほど
つーか急造でそんだけできんのかよ
これだからフィジカル強いやつはよー
…その上Bはメンタルも強そうだしな」
「ははっ。強いよたぶん
自分を追いこんで他人を憎むのも上手い
だから普通より強いエネルギーを作れる
火事場のバカ力ってやつ?」
「他人を憎む?」
「俺がこの世でたった一人で
夢を失った絶望に立ち向かってるときに
同じスクールに俺と真逆の同級生がいたんだ」
「真逆?」
「ぬくぬくと人気者の上級生に守られてる
お坊ちゃんで上品な甘い環境のヤツが
愛想もなくてこっちには笑わないし
お高くとまってる嫌なやつだったよ」
「へえ~」
「俺とは関わりはないんだけど
そいつを憎しみの対象にすることで
むかつくエネルギーがリハビリの力になった気がする」
「なんとなくそいつには理不尽な憎しみだな」
「だよなぁははっ
けどホント嫌いになっちゃってさー
嫌いなタイプだったからよけいになー」
「そんだけ憎まれてたらそいつも何かしら
感じ取ったんじゃねぇ
俺だったらなんでいつも睨んでんだよ!
言いたいことあるなら直接言いに来いよ!
とか怒鳴りに行くけどな」
「だよなぁ。そこがますますムカつく要因でさ
サラーッと真っ黒な黒髪で真っ黒な瞳を
逸らして素知らぬ顔してんだよ涼しげな顔で」
「そりゃたしかにムカつくかもな」
「だろ?
存在自体無視されてるっつーか
おまえになんか関心あるかよって
思われてる気がしてだったらさっさと
リハビリ終えてサッカーで見返してやるよ
って気になったわけ」
「なんかすげぇ効率よさそうだな」
「効率よかったぜ
けど見返す前にそいつ…居なくなって」
「居なくなって」
「サマースクールだったからな
俺は引き続きこの学校でサッカーやってたけど
外部からサマースクールだけ受けに来るやつもいるから」
「外部のヤツだったのか」
「たぶんな
そいつ、日本人だったよ」
気が付いたらどっちの皿も空になってた。
窓の外はキラキラと日差しが煌めいていて
グリーンの芝に散水されるスプリンクラーに
小さな虹がいくつも輝いているのが見えた。
「午後練の前に昼寝だってよ
部屋戻ろうぜ」
「おう」
どちらともなく声を掛けて眠りに付く
夢の中でさっきの虹が輝くなかを
なんでだか古泉と月代が笑って手を振る夢を見た。
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