いらいらした。
なにそれ。
お互いだけがいればいいみたいな関係。
俺が話し掛けても笑わないくせに
俺がいてもいないのと同じみたいに
あの人にばかりくっついてべたべたして
あの人にあんなに愛されて守られて当前の顔して
なんなのあいつ。なんなのあいつら。二人の世界に浸っちゃって気持ち悪いんだよ。
「白雨は愛想がなくてごめんな。」
なんであんたが謝るんだよ。
「遥ここにいたんだ?明日のレポート持ってきたよ。」
なんでその人しか見てないんだよ。俺もいるんだぞ。
『虚像6』
「なあ、あいつとなんの話したの?」
刀弥さんににカフェで尋ねた。
「あいつって?」
「白雨だよ!」
「ああ、彼が以前ここに一緒に来ていた人の話だよ。
遥くんって言ってね。確か白雨くんの5つ上の子だったかな。」
「ふうん。」
どーやら白雨の言ってたことに嘘はないらしい。
「そいつ知ってる。
背高くていっつも白雨と一緒にいた。」
「そうだね。仲が良かったからね。」
「ふん。」
「キミは白雨くんが嫌いなの?」
「白雨に聞いたのか?」
「ううん。今の君の態度がそう見えたから。」
「嫌いだよ!大っ嫌え!死ねばいいのに!」
「どうしてそんなに嫌いなの?」
「むかつくから。」
「なにがむかつくの?」
「全部だ!遥ってやつに守られて甘ちょろく生きてるのとか
世界は遥ってやつだけがいればいいみたいな雰囲気がむかつくんだよ。」
「そういうところはあったかもね。
けれど今は彼、ひとりだけれど?」
「だから文句言いにいけるし。
嫌いだって言ってやった。」
「嫌い・・・ねえ。
彼は最初からあんな環境にあったわけじゃないよ。」
「どんなんでも生ぬるい生き方してきたに違いねえよ。」
「決め付けはよくないよ。
彼は彼なりに辛い目にあっているよ。」
「はっ。んなわけあるか。」
「不幸自慢なんかしたって意味はないから私はなにも言わない。
同じ目にあったってつらいと思う度合いは人によって違うもんだからね。
ただね、少し、彼に心を開いてみれば見えるものがあるんじゃないかな。」
「はっ!俺を無視して心閉ざしてんのはあいつらだ!」
「あいつらじゃなくなったから文句を言いに行けたんでしょう?」
「むっ。」
「キミが辛い時期にたまたま彼らが幸せに見えただけだと私は思いますよ。」
「っだよそれ。」
「羨ましかったですよね。」
「・・・・」
「今の彼は幸せそうに見えますか?
今の彼でも死んでしまえばいいと思うほど羨ましいですか?」
「・・・・」
「今そこにある彼を今そこにいる君自身の目で見る勇気が必要なんじゃないですか?」
「ふん。」
昔、事故で利き腕の神経を切った。
ピアニストの母は俺をピアニストにすることを目標に俺を育てていた。
右手の神経を失って左手ですべてができるようになるまで誰も助けてくれなかった。
とりあえず音楽にたずさわる道を見つけてくるように言われてサマースクールへ放りこまれただけ。
根本、右手がだめな俺にそんなもの見つけらんなかったけど。
母親も俺をあきらめたけど俺は別のもの見つけたからいい。
不幸自慢ね。
どのレベルの不幸なんだか。
俺には誰もいなかったのに。
白雨にいちいち過保護な遥。
遥をいちいち慕いまくる白雨。
気持ち悪くて、そう、俺には何もなかったから、そう、羨ましかったんだな。
んなこと解ってる。
遥がいない白雨の遥に俺がなれねーかなってちょっとだけ思ったのも本当だ。
確かに白雨は悪くない。
俺を覚えてないのなんてあん時のあいつからは予想できたことだし。
嫌いだってわざわざ言いに行ったのだって俺のこと知って欲しかったんだ。
なのに、「んじゃ俺も。」嫌いと返されてむかついたし腹が立ったし嫌だった。
だってあいつ俺が嫌いって言ったからオウム返ししただけで理由なんかなしに言ったんだ。
俺のこと知りもしないで。
俺のこと知ろうともしないんだ。
だってあいつ何度むかつくこと言ってやっても
俺のこと相手にしないどころかいまだに俺の名前も知らないんだ。
構われたい、むかつく。
ちゃんと話したい、腹が立つ。
複雑な思いのまま居るだろうなと思って書斎に行ったらやっぱり居た。
こいつはここに今はひとりで居る。
なんであの人いなんだろうなあ。
いっつもいっしょにいたのにな。
一瞬俺に気付いて視線をくれてまた本を読んでる。
いっつもいっつも本ばっか。
あの人と本と自分の世界。
それがたぶん白雨の世界。
ふと白雨を見れば天井近いところにある本を
梯子を使ってとろうとしてるみたいであと少しで手が届かない。
遠いところにいたみたいな白雨が俺の手が軽く届きそうなとこも届かないなんて。
「代わる。どいて。」
白雨に代わって本を取ってやる。
「ありがと。」
その言葉に息がとまった。
なんだよ普通の言葉言えるんじゃん。
俺にだってそういうこと言えるんじゃん。
なんだよ本とってやるだけでよかったのかよ。
つぶやきは思わず声になってこぼれていたみたいで
白雨がなんども「なに?」と聞いた。
白雨がなんども「なに?」と聞くたびに
近づいてくる顔とか声とか香りとかが甘くて
気が付いたら唇が触れそうなほどの至近距離。
あ。唇が触れる。と思った。
触れたい。
触れられたい。
白雨が欲しい。
遠い記憶がよみがえる。
「白雨、おまえが可愛くて仕方ないんだ。
愛しいし俺だけ見てろって言いたいけど
もっとたくさんのすげえもんいっぱい見て見たうえで
俺を選んで。俺を見て。俺だけのものでいてほしいんだ。」

「・・・あ」
あと少しの所で白雨の動きが止まった。
「逃げてくれないと唇触れるんだけど?」
まじかよ。寸止めかよ。つーか、
「嫌いならちゃんと逃げてくれ。」
とか言いやがんの。
嫌いじゃなかったから逃げなかったんだろうが!察しろよ!
「はあ。」
刀祢さん。解ったよ。
このいらいらのわけとかほんとの気持ちとかモロモロ。
俺もたぶん白雨が欲しい。
なんか雰囲気変わっちゃって
遥がいなかったらこんなに笑わないのかよとか思ったけど
弘夢とは普通に遥じゃないのに普通に笑ってんのとか見たら
俺にも笑ってくれんじゃないかとかも思っちゃったよ。先に嫌い宣言しといてなんだけど。
白雨が欲しい。
PR