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「秘密にしてたけど俺、
 魔法使いなんだよね」
とか言う月代の夢で目が覚めた。

その日の授業中、
転寝して見た夢は中学の時の夢だった。

「水品どしたよ?怖い顔して」
「なんで機嫌悪いわけ?」
「あの日じゃね?」
「いつから女子になったんだ?」

煩い、煩い、煩い。
痛い、痛い、痛い。
頭が割れるように痛い。視界が暗雲に包まれたように悪い。

「やめなさいよ~。女
 の子の前でそういうネタは下品」

古泉の声がした。俺のためじゃねーのかよ。その仲裁。
それでも古泉のおかげで雑音は退散した。
それでも俺の頭も視界も戻らない。

「今日は一段と酷そうだね。例の頭痛?」
言葉を発する余裕のない俺はギュっと目を閉じてYESと伝える。

「どうしたもんかねぇ。
 原因が解ればいいんだけれどねぇ」
障りのない小声で気遣うように古泉が囁く。

「病院に行っても原因不明。鎮
 痛剤飲んでも効き目無し。ねえ」
かつて遂げた俺の無駄な努力を古泉が口走る。

「解ってんだよ。
俺は声にならない声でつぶやく。
解ってんだ。原因が何かなんて。
この暗雲に痛みの原因があるんだ。
ここに頭突っ込んでるから痛むんだ。
見えないやつには感じないのなら、そう説明したって無駄だろう。
俺だって見えなきゃ信じられないから誰にも言わないんだ。
でも見える。見えるし、痛い。近づかないようにしてたのに取り込まれてしまった。

もっと距離を取って油断しなければよかった。
距離があると思っていても気付いたら取り込まれている時だってある。
そういうのは大抵、俺が、凹んだときなんだ。と、今までの痛い経験で知った。
だからって凹むのをやめようと思ってやめれるなら最初から凹んだりしない。
ちくしょう、目覚まし止ってんじゃねぇよ。
ちくしょう、電車遅れてんじゃねぇよ。
ちくしょう、5メートル差で門閉めんじゃねぇよ。
ちくしょう、数学の田中、俺ばっか当ててんじゃねぇよ。
ちくしょう、そこの女、人を勝手に写メ撮ってんじゃねぇよ。
こういう時の女のハシャギ声は酷く頭痛を刺激して反響するように鋭い痛みで貫いてくる。
可愛い女の子は嫌いじゃないし、それなりにそれなりな青少年たる男の性が疼くときもある。

それでもできるだけ痛みを伴わないようにと俺が決めた高校は
サッカー名門校で共学なのに男女校舎が別という高校だった。



『暗雲煙』



相変わらず1ヶ月に多くて5日、少なくて1日、
あの暗雲煙は最大の大きさで俺の前に現れる。

容赦なく俺を包む。
容赦なく痛みの世界へ引きずり込む。
頭痛の暗雲に俺は勝手に煙と名付けた。

興味がてらの格好付けで煙草を吸うやつもいたけれど俺は絶対に嫌だった。
煙だからだ。野焼きも煙突も焼却場も嫌いだ。煙だらけだからだ。

そして運の悪いことに今日は曇りで湿気じみてて
おまけに焼却炉へゴミを運ぶ当番になってしまった。
よりによってその辺りに暗雲雲が色濃く浮かんでいる。
嫌だ。近づきたくない。

教室からゴミ箱を抱えてここまで来たものの教室から覗いた焼却場の暗雲は肥大して見える。
たじろがないわけがない。だって俺はアレが見えるし、痛いんだ。
ぼんやりと突っ立っていたら月代の声が俺を呼んだ。

「水品これも。」

見るとシュレッダーにかけられた紙の残骸が詰められているビニール袋を掲げている。

「ああ、入れ忘れか」
「そうみたい。
 ゴミ箱置いてある横に落ちてた。二度手間は嫌だろ」
「わざわざサンキュ」

とは言ったもののやはり焼却場に足が進まず視線だけを辿らせる。
その俺の視線を追って、なのか月代も同じように視線を辿ったらしい。

「あ~、なんか嫌だなぁ。天気のせいか」
「え?」
「焼却場。焼却炉。それさっさと焼いちゃおう。俺も手伝う」
「え?」
月代は俺の手からゴミ箱を奪うとスタスタと珍しく厳しい顔で歩いて行く。
俺の当番なんだからそのまま突っ立っているわけにも行かずその背に続く。
「あ・・・」

俺は暗雲に包まれた光景を幾度も見、経験し、感じてきた。
それなのにそんなのは初めて見る光景だった。

月代が進むと暗雲煙が後退する。

月代が踏み込むとシャボン玉がはじける様に暗雲煙がはじけ飛ぶ。
がさがさとゴミを投げ込んでさっさと火を放ってバタンとその重い蓋を閉じてから月代は手を払った。

暗雲はたちまち消え去った。むしろ・・・そうむしろ浄化されたように見えた。
こういう現象を神が降臨したと表現するのなら俺は神の存在を信じる。

「月代・・・・・・」
「ん?あ、別に掃除当番サボったわけじゃないよ
 廊下踊り場終わったし、だいたいゴミ捨てなんて一番最後の役割だしな」
「そうじゃなくて・・・・・・見えるのか?」
「何が?」
「見えないのか?」
アレが見えるのが月代だったらいいと思ったのに。
月代と共通の見えるものだったらいいと思えるのに。

「なんかさーあの辺変な感じしなかった?湿っぽいってゆーのかさー」
「う・・・うん!うん!だよな!」
「だから燃えカスが散乱してんのか解んねーけど
 さっさと燃やして閉めちゃえばいーかと思って」
「今は湿った感じ消えた?」
「っぽいかな?」

消えたんだよ!散!って感じで消えたんだよ!
つーかおまえが消したんだよ月代!

「んじゃー教室帰ろうぜー」

俺の長年のまさしく頭痛の種を掻き消し去ってなんでもないように笑ってんじゃねぇ。
それ、すごいことなんだぞ。それ、奇跡みたいなことなんだぞ。
解んねーか。解んねーよな。見えない、痛まない、散!だもんなぁ。
解んねーのは俺も同じ・・・か。

俺には暗雲煙が見えて頭痛に襲われるのが解る。
月代は暗雲煙を感じて追い払う方法が解る。
そっちのほうがいいなぁ。ズルイよなぁ。
けれど。けれど。けれど。
月代といれば無敵じゃん?
月代といれる理由じゃん?

「つきしろ~~」
「な~んだよ~」
ふざけてると思ったのかふざけて返してくる。しかも特上の笑顔。

秘密を教えろって言ったアレ、
もし月代が夢の中のセリフみたいに
「魔法使いなんだよね」
なんて言ったなら俺は信じるしかない。

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