スポーツテストの日は教室で授業がある日と違って
朝から皆が体育着に着替えて浮足立っている雰囲気がある。
席に着く必要はないので月代は俺の隣の席よりも離れたところで
水品や古泉や生田たちと楽しそうに手を叩いて笑っているようだ。
月代もなんだかいつもよりはしゃいで見える。
傘は玄関口に置くことになっているので
そして借りた傘は折り畳みではないので
教室までは持ってこれずどう返そうかと思う。
そもそもまだ話しかける間がなく礼すら言っていない。
月代の運動能力は予想以上だった。
生田と幼馴染だと言う佐原に聞いた話によると
水品と月代とで勝負していると言うことだった。
「水品も生田もサッカー部なのでこの二人での勝負なら
なるほどと思うがどうして運動部でもない月代となんだ?」
と佐原は生田に聞いたらしい。
「だって水品とつっきーだから」
生田はそう答えたと言う。
「つっきー運動神経よさそうじゃん」
生田はそうとも答えたと言う。
確かに体育の授業でも運動部の面々と対等に
やっていたような気もする。
そんなことを思いながら
声をかけるきっかけも探しながら
朝からずっと月代を目で追っていた。
だからなのか月代のスポーツテストの結果はもちろん
月代の表情が動きが徐々に変化があることに気付いた。
顔が赤いしなんだかつらそうに見える。
そう言えば月代は俺のせいで昨日雨の中を
あんなにひどいどしゃ降りの雨の中を帰ったのだ。
「つきし……」
「月代どうした?」
俺より早く笹山先生が月代に声をかけた。
瞬間、月代が崩れそうになるのが見えた。
倒れはせずに身体を持ち直して笑った。
月代の腕を取った笹山ちゃんが驚いた顔で
そのまま月代を連れて行ってしまった。
丁度、授業を終えるチャイムがなったので
そのままの流れで昼休みに入ってしまった。
俺は気付いたから、気付けたから、追った。
「笹山先生」
「どうした上杉?」
笹山先生にもたれるようにして歩く月代は
少し息を荒くしてうるんだような目をしていた。
「月代どうしたんですか?」
「熱があるみたいでね、保健室に連れて行く
上杉は教室に戻れ」
「俺も行きます」
「昼休みだぞ?
午後もスポーツテストなんだから昼飯食え」
「でも……」
「そんなに心配なら食ってから来い。
飯食わずに午後には上杉に倒れられたなら俺がたまらん」
「……はい。
後で、直ぐ、行きます」
「はは。はいはい」
味も何にもわからないまま
水で流し込むように昼飯を食べる俺を
佐原は苦笑して
「ゴミは捨てておいてやるぞ」
と、促した。
「ありがとう」
「ありがとう」
月代にまだ言っていないのだ。
保健室に着くと笹山先生が
「早すぎだ」
と笑った。
「月代は?」
「やはり熱が出ていた。
39℃近くでよくもまあスポーツテストなんかに挑んでいたもんだ」
「39℃……」
「解熱剤飲んで氷枕で眠ったとこだよ
これで下がらなければ病院連れて行かないとな」
「病院……」
「まあ、下がるかもしれないし様子をみよう。
午後の授業は無理だけどな」
「そうですよね」
「報告書と連絡入れてくるからちょっと見ててくれるか?」
「はい」
「チャイムが鳴ったら戻れよ」
「は……い」
笹山先生が出て行って保健室には俺と眠る月代だけになった。
昨日とは打って変わって青空の広がる窓の外は眩しいくらいで
電灯を点けない室内では白いカーテン越しの柔らかな光が降り注いでいる。
白いカーテン。白い壁。白いベッド。白いシーツ。青白い顔で呼吸をする月代。
いつもの朗らかな表情と違う彼。
ベッドの脇にパイプ椅子を組み立てて座った。
眠っているのでごめんだとかありがとうが言えない。
俺のせいだ。俺のせいでこんなに苦しそうな月代。
申し訳ない気持ちは本当なのに
月代がしんどいことも解っているのに
月代と二人きりでいるこの空間が嬉しい。
月代と二人になれて
弱っている月代を独り占めできて
眠っているのにかこつけてこうして手に触れて
こうして頬に触れてこんなに近くで眺めることができる。
今、この瞬間をたまらなく嬉しく思う、汚い自分がいる。
俺は悍ましい人間だ。
俺は卑怯な人間だ。
「上杉、保健委員だっけ?」
そんな俺の醜悪さを遮るように水品が現れた。
酷く恥ずかしい思いがして慌てて月代から離れた。
そんな俺の気持ちを見透かしたように水品が怪訝な目を向けた。
なんだかぽつぽつ会話をして、
「なんで上杉はここにいんの?」
と、もっともなことを聞かれた。
俺は水品たちほど月代と親しくない。
けれど、
けれど、
俺は月代に恋焦がれていて、
俺は月代が好きで仕方なくて、
その俺が月代に優しくされたんだ。
「月代が熱を出したのは俺のせいだから」
そう言ったとき少なからず優越感を感じた自分に吐き気がした。
水品の目は怪訝さを増していた。
「どういう意味」
チャイムと同時に発せられた質問も聞こえていた。
答えるタイミングを失えたことに安堵した。
俺のせいなんて言いながら言いたくなかったんだ。
まだごめんもありがとうも月代に言えてない今はまだ。
月代の目が覚めるまでは月代と俺だけの秘密にしたかった。
ああ、本当に俺はどうしようもないな。
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