沙羅を好きになったからこいつと出逢ったんだったか
こいつと出逢ったから沙羅のことを好きになったんだか
正直、忘れた。
どっちも大差ない。
どっちもが同時だったかもしれないし
どっちもが別々だったかもしれない。
そもそも沙羅と遥は兄弟なんだから
どっちに先に逢おうがどっちかに逢った時点で必然だったんだろう。
親友の遥。
キンダーガーデンも同じだったらしいが
知り合ったのはエレメンタリースクールだった。
学校も一緒で親同士も顔見知りなら知り合うのも道理だ。
それだけじゃなく知り合いから親友になったことを俺は誇りに思う。
惚れた女の弟だからじゃない。遥自身が豪快なほどの魅力を持った男だからだ。
「おまえホントおもしろい男だよな。」
「そうだろうそうだろう!
その俺と親友やれるおまえもおもしろいぞ!」
「逢ったの久しぶりだけど?」
「時間や距離なんか関係あるかよ!
どんだけ逢わなくても俺らの関係は変らねぇよ!だろ?」
「なんで俺、遥の親友やってるんだろう・・・?」
「おい待て臣!それは絶望の意味じゃねぇよな?」
「違うよ。
遥ならもっといい親友作れんのにって意味。」
「なんだそれ?
俺らいいコンビじゃねぇか。」
「凸凹コンビって意味なら、まあ、解るよ。」
「デコボコ~?
おまえも背高いじゃねぇか!
俺ほどじゃねぇけどな!
これからもまだまだ伸びるぜ!」
背の話はしてないんだけどね。
実の所俺は親友だ友情だ言うのはこっぱずかしいと思ってた。
いつもクールでいたかったしいつもクレバーでいたかったら
そんな言葉を死んでも口にするものかってバカにしてた。
なのに遥が俺を親友親友言いまくるもんだから慣れてしまった。
こんなに豪快な男が俺を親友なんて言ってるのがかっこよかったから。
「親友だって言うんならそろそろ逢わせてよ
キミの大事なモノに?」
「う・・・」
遥の大事なもの。
出逢ったのはいつだって言ってたっけ?
ああ、そうだ、エレメンタリーの夏休みだったっけ?
親戚だか親の知り合いだとかでしばらく家に預かったって言ってた。
5つ下の弟というより妹みたいに可愛い子だって興奮して言ってたな。
外見もさながら中身がすっごいキレイで可愛くて仕方のない子供、そう言ってた。
「離れるのが寂しすぎて駆け落ち未遂したんだぜ?」遥のくせに寂しそうにそう言ってた。
「どっか遠くでずっと二人で暮らすんだって本気で思ったんだ。」そう続けてちょっと笑った。
この話を忘れなかったのはその時に遥の繊細さに気付いた気がしたのもあったけれど
いちばんの理由はこの話には信じられないような続きがあったからだ。
冗談でもこんな続きなんか思いつかない現実。
その夏から幾度かの季節か巡った。
クラスが違ったりしたけどずっと親友やってた。
その日のその言葉はあまりにも唐突に告げられた。
「俺、もうすぐ死ぬんだ。」
聞き間違いかと思うような親友からの酷い告白。
「は?ふざけてんのかよ?笑えねぇ。」
「笑えねぇよな。しゃれにもなんねぇ。」
「マジかよ?」
「残念ながら大マジだ。」
「なんでそんなことになったんだよ。」
「知らねぇ。けど、実は随分前から知ってた。」
「いつから?」
「4、5年ほど前かな。
医者が親に言ってるの聞いちゃってさ。」
「で、なんで今、俺に言うの?
まさか余命数日とか言うなよ。
さっきまでバスケで暴れまわってたヤツが。」
「言わねぇよ。
なんかさ俺、15には死ぬらしいんだけど
もうちっと引き伸ばすために日本に行くんだ。」
「はあ?」
「だから、親友にはお別れ言っとこうと思って。」
「今生の別れを言ってんなら殴るぞ。」
「まさか、俺は諦めんのも負けんのも嫌いなんだよ。
治して戻ってくるっつーしばしの別れだ。」
嘘だ、と思った。
半分は嘘で半分は希望だ。
「解ってんよ。」
「見舞いとか来るなよ。」
「わざわざ海渡って行くかよ。
俺は飛行機恐怖症なんだ。」
「そうだったな。」
弱ってる自分を親友に見られたくないおまえに
わざわざ逢いに行くなんてことはしねぇよ。
「さっさとそんなもん打ち負かして来い。」
「ああ。」
遥が日本で出逢うやつは初めから病人の遥だけ知ってればいい。
変に肩肘張らずに無駄に悪目立ちせずに治療に専念できればいい。
そう思って送り出したのにそこであの夏の子供に出逢っちゃうんだから現実は解らない。
「臣・・・俺どうしよう。マジで挫けそう。」
日本に行ってから1年後。
泣き言なんか一切言わない遥が
今まで一度も連絡してこなかったくせに
ほんとうに弱った口調で電話を掛けてきた。
よりによって守りたいと思う子供に弱った姿を見せるなんて。
でもそれだけじゃなかったみたいで「挫ければ?」と思ったからそう言った。
「我が侭を一切言わなかった大事な子が
弱った遥の前に現れて遥のためだけに
家族もなんもかも放ってそばにいたいって言うんなら
挫けて、甘えるのも、逃げじゃないだろ?嬉しかったんだろ?」
「嬉しかった。」
遥は嬉しそうにちいさな声でそう告げて
「嬉しかったんだ。ありがとう親友。」と笑った。
こうして数年前の駆け落ち未遂はこんな状態で不覚にも実を結んだことになる。
あれからさらに数年。
「あいつが来てから、
あいつと生活始めてから、
どんどん回復に向かっちゃって気付けば俺、退院しちゃったんだけど?」
豪快さに2倍も3倍も輪をかけて壮大なオーラを纏った親友、遥は俺の前に現れた。
気付けば宣告された15の歳を2つも超えてた。
「お帰り親友。
また親友ごっこやるか?」
「やるよ。
けどずっとこっちには住まねぇんだ。
これからも白雨と一緒に暮らしてぇから。」
「白雨って例の・・・」
「俺の宝だ!」
相変わらず豪快に笑った遥はやっぱり遥だった。
「完治したらしたでさ
日本で白雨と暮らすってのに条件いろいろ出されちまってよ
頻繁にコッチには来ることになりそうだ。そんときはよろしく親友!」
「おまえと親友やってくならそれくらいの頻度がいいのかもしんねーな。」
「そんかわりコッチにいるときは
思う存分振り回してやるからな!」
「いやな決意だなぁ。
ほどほどにしといてよ。」
その頻繁の帰国(遥にとってはどっちが帰国なんだか)によって
この夏、サマースクールの手伝いに戻って来た遥と今、逢っている。
頭脳明晰、文武両道、容姿端麗
それでいて人に好かれるオーラのでかい豪快な男は
俺が感傷に浸っている間に目の先でやっているフットボールゲームの和に加わり
プロフットボール選手並のトリッキーなプレイとフィニッシュで豪快なゴールを決めていた。
どこまでも派手な男だ。
死神も蘇生の神も彼に魅かれるのも道理だ。
そう思って眺めていたら同じような視線で同じ男を追う瞳を見つけた。
消え入りそうなほど儚くも、目映いまでの清らかな魂。存在。横顔。
恥ずかしいほどおかしな、詩的な単語が浮かんできて頭を振る。
ばかばかしい。
ばかばかしいけれど否定はしない。
遥の言った「白雨」の印象が浮かんでは納得する。
誰に教えられたわけでも、一度でも逢ったわけでもない。
これは勘だ。勘であると同時に確信でもあると心臓が言う。
あいつが白雨だ。
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