心配していたけれど
月代は翌日には登校していて
水品たちといつも通りに笑っていた。
今日も月代の傘は俺の傘立てにある。
『忘れられた傘』
チャンスは放課後にあった。
月代は図書委員の日だったから。
生徒委員会を早々に終えて図書館に行った。
図書室と図書館は別々にあって校舎内にあるのが図書室。
旧校舎近くの少し離れたところに別棟で建っているのが図書館。
今日の月代は図書館の方で図書委員をしているのは知っていた。
離れにあるせいか静穏な建物で
以前月代がこの建屋が好きだと言っていた。
緑の木々に囲まれているのも好きな理由らしい。
そんな場所だけれども、そんな場所だからなのか、
図書室もあるので図書館を利用する生徒は意外と少ない。
特に放課後のこんな時間は。
「月代」
カウンターの中で本を読んでいた月代が顔を上げる。
「ああ、上杉。
返却?貸出?」
「月代と話したくて」
「俺?何?こっち来る?」
「いいのか?」
「どうぞ」
カウンター内の長椅子に月代と並んで座る。
「傘、」
「え?」
「傘、ありがとう
それからすまなかった」
「傘?傘って?」
「おととい、傘貸してくれた」
「傘・・・・・・」
俺を気遣ってではなく本当に解らないように
月代は首を傾げて考えているようだった。
「旧校舎にいる内に雨に降られてしまって、
紙束を抱えていたから濡らすわけにいかなくて、
困っていたら月代が現れて俺に傘を貸してくれたんだ」
ここまで説明したら
月代は俺を見てああ、と笑った。
「そっか、上杉に」
どういう意味なんだろう。
俺と知らずに渡した?
傘を渡したのを忘れていた?
そんなことがあるだろうか?
「それで、傘がなくて月代は濡れて帰ってしまって
昨日風邪引いて熱を出して。俺のせいだ。すまない」
「ちょっと待って、上杉のせいじゃないよ」
慌てたように月代は言って
「却って気を遣わせたな。俺こそごめん」
と、謝った。
どうして月代が謝るんだ。
そもそも覚えていなかったのに。
「上杉、」
何も言えなくてうつむいてしまった俺に
月代は小さく「ごめん」ともう一度謝ってから
「たぶんね、傘貸す前から風邪の予兆あったんだ。
だから上杉のせいじゃないし、むしろ俺は、
上杉の助けになったんならよかったよ」
ああ。やっぱり月代は月代だ。
俺は望みすぎていたんだな。
俺だけ特別なわけなんかないのに。
そうであって欲しいと望みすぎていた。
あそこで困っていたのが俺でなくても
例え無意識にでも誰にでも優しいのだ。
気が抜けたようにため息をついたら、
「おぼろげながら覚えてることがあるんだけど」
と、唐突に月代は言った。
「え?」
「そんで俺も上杉に聞きたかったんだ」
「俺に?」
「昨日、もしかして保健室にいてくれた?」
「ああ。いた。月代は眠っていた」
「ありがとう。
上杉の声聞いた気がしたんだ」
もう謝らないでありがとうと言った。
ありがとうと言いたかったのは俺だ。
「否、俺こそありがとう」
そう返したら月代は小さく笑った。
眠りながら俺の声を聞いたと言った。
水品の声も聞こえていたのだろうか。
「月代、」
「ん?」
「水品も、」
「水品?」
「水品も心配して保健室に来ていた」
「そうなんだ」
水品の声は聞かなかったように
「そうなんだ」ともう一度言った。
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